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演劇におけるサブジェクトアクトとは?

舞台・演劇の分野におけるサブジェクトアクト(さぶじぇくとあくと、Subject Act、Acte Subjectif)は、舞台・演劇において登場人物や演者自身の内的な意志、感情、視点を中心に据えて構築された演技あるいはシーンの構成手法を指します。言い換えれば、「主体性」を基盤とする演技表現に特化したアプローチであり、物語の進行よりも「誰が」「何を」「どう感じたか」という主観的な側面を重視する点に大きな特徴があります。

サブジェクトアクトという語は、演技論や演出理論の分野において、特に俳優訓練や心理的リアリズムの追求が求められる現代演劇において使われる専門用語の一つです。ここでの「サブジェクト(Subject)」は、「主語」あるいは「主体」といった哲学的意味合いも含んでおり、演者が自らの身体と精神を通して「自らの主観として演じる」ことを強く意識する構造となっています。

英語圏においては、「subjective acting(主観的演技)」や「actor-centered act(俳優中心の行為)」といった形で理論化されることもありますが、日本では「サブジェクトアクト」という独自の造語的な呼称が広まりつつあり、俳優の「内側から湧き出る演技」に対する強い関心が示されています。

この手法は、特に即興劇、現代心理劇、メソッド演技、さらには演劇教育や演劇療法などの文脈において重要な位置を占めており、舞台芸術における「リアルな存在感」を生むための鍵とされています。



サブジェクトアクトの歴史と概念的背景

サブジェクトアクトという概念は、20世紀に入ってから本格的に発展した俳優訓練理論、特にスタニスラフスキー・システムやアメリカのメソッド演技などに影響を受けて成立したものです。

コンスタンチン・スタニスラフスキーは「内面の真実」を追求する俳優術を提唱し、その系譜を継ぐリー・ストラスバーグ、サンフォード・マイズナー、ステラ・アドラーらが「感情記憶」や「即興的応答」を重視する訓練法を確立しました。この流れの中で、「行為(Act)」が単なる動作ではなく、「主体的選択に基づいた意味ある行為」であるという考え方が浸透し、そこから「サブジェクト(主体性)」という概念が導入されました。

また、哲学的にはジャン=ポール・サルトルやモーリス・メルロ=ポンティなど、存在論・身体論における「主観性」「身体的認知」の理論が舞台芸術に影響を与え、「行為者の視点に基づく演技の必要性」が論じられるようになりました。

こうした背景から、21世紀以降の演劇では、リアリズムだけでなくポストドラマ的な構造の中でも「主観的な語り」や「私的な動機による行為」の重要性が見直され、観客の共感や没入を促す演技の技法としての「サブジェクトアクト」が注目されるようになっています。



サブジェクトアクトの技法と実践

サブジェクトアクトは、演者が自らの内的動機に基づいて「何をどう演じるか」を選択するプロセスそのものに重点を置く演技法です。その特徴的な技法は以下の通りです:

  • 感情の記憶(Emotional Recall):自身の過去の経験にアクセスして、役に内在する感情をリアルに体現する。
  • 内的独白(Inner Monologue):セリフの背後にある「心の声」を意識的に構築し、それに基づいて行動を選択する。
  • 即興の応答:他者の台詞や動きに対して即座に反応することで、「生きた反応」を舞台上に再現する。
  • 動機による行為(Action by Objective):演技のすべてを「何を目的としているのか」という問いから出発して組み立てる。
  • 状況への身体的没入:シチュエーションの中に物理的・感情的に入り込むことで、自動的に行動が引き出されるようにする。

このような技法を活用することで、演者は単なる「役の模倣者」ではなく、その役柄として“生きる”主体へと変化します。演出家はこうしたプロセスを促進する環境を整えることが求められ、稽古段階においても、決まった動きや型よりも「探ること」「感じ取ること」に重きを置く演出がなされます。

また、サブジェクトアクトは、観客にとっても一種の没入体験を提供します。なぜなら、演者が本当に「そこにいる」と感じさせる演技は、観る者の身体感覚や共感を刺激し、舞台空間全体をリアルな生の場へと変貌させる力を持つからです。



現代演劇におけるサブジェクトアクトの意義

現代の演劇において、サブジェクトアクトは、演者の表現手法としてだけでなく、作品そのものの構造やテーマとも深く関わる方法論です。特に以下の文脈でその意義が強調されています:

  • 自己開示型演劇:実際の俳優の経験や記憶をそのまま作品に持ち込み、観客と個人史を共有する形式。
  • ドキュメンタリー演劇との親和性:客観的事実を描くだけでなく、そこに生きた人間の視点=サブジェクトを通すことで、記録がドラマに昇華する。
  • 身体表現との融合:ダンスやフィジカルシアターにおいても、「内側から動く身体」を通して主体性を体現する動きが重視される。
  • 演劇教育・演劇療法:自己理解や感情解放を目的とした演劇活動において、主体的行為はその中心的役割を果たす。

また、ポストドラマ演劇において「物語の解体」や「テキストからの離脱」が試みられるなかでも、演者の「生きた存在」が求められる点は変わらず、サブジェクトアクトはあらゆる演劇形式を超えて機能する技法であるといえるでしょう。

その結果、観客との関係性も変化します。観客は単に「物語を追う」立場ではなく、「生きている誰か」と出会い、「その瞬間」に立ち会う者として参加するという、能動的な劇場体験が実現されます。



まとめ

サブジェクトアクトとは、舞台演劇において演者の主観・内面・主体性を基軸とする演技法であり、演者が「そこにいる」ことのリアルを体現するための方法論です。

その技法は、感情記憶や即興応答、内的独白などを通じて構築され、現代演劇においては作品構成、観客との関係性、教育・治療的応用に至るまで多方面に活用されています。

サブジェクトアクトは、演技を「表現」ではなく「存在」としてとらえる現代的な演劇観を象徴する概念であり、今後もさらに深化・進化していく可能性を持つ演劇技術の核となるでしょう。

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